何かになりたい

ネタにするほか浮かばれない

夢を記録すると精神が狂うと言われていますね


朝のことです。液晶テレビの外枠の黒と後ろの壁紙の白とのコントラストが、妙に際立って見えました。‪テレビの画面には、拙い字の脅迫状が映されていました。それを見た瞬間に、ああ私がやったことだ、と思いました。使われているインクはある映画で描写された水の色で、ゴールデンウィークに足を運んだ文具店で買ったものでした。その仄暗い青緑は、これから深い業に身を沈めていくことを暗示するかのようでした。‬

‪私は思い出しました。富山県の草原にぽつねんと佇むポスト。視界を覆うまだらな霧。投函するまでの心臓を掴まれたような冷えた感覚。平静を装い車に乗り込んだ後の安心。ある殺人事件の重要参考人になりすまし、事件に関係する企業に送りつけたのでした。テレビの画面では、白髪の重役が怒りを抑えた様子で脅迫状について話し、スタジオではアナウンサーが、犯罪評論家の予想する犯人像を‬‪淡々と読み上げていました。じきに警察が来る。雑踏に紛れて逃げよう。そう思い荷造りを始めました。

薄暗い実家の寝室で最小限の荷物を詰めます。どこに行こうか、まずは渋谷だろうか。田舎者の私は、ライブの帰りに歩いた渋谷の道を、雑踏のシンボルとして思い浮かべました。物音がして後ろを振り返ると、張り詰めた顔をした母親が立っていました。こんな表情をする母親を見たのは数えるほどしかありません。
「お前がやったのか?」
「………筆跡鑑定したらバレると思う。ごめん。」
頬に痛みが走りました。じんじんと熱く痛む頬を押さえることもせず、叩かれた事実を受け入れました。
「私はすぐに出るから、お母さんはしらを切ってね」
そう言って背中を向けて荷造りを再開しました。母親は何も言わずに部屋を出て行きました。この部屋の引き戸が出すガラガラという音も、もう聞くことはないんだろうなと思いました。

テレビでは依然犯人像についての解説がなされていました。合っているのか合っていないのか、バーナム効果でも狙っているのかと思うような特徴を尤もらしく話しています。
テーブルの上には何故かとんかつがありました。最後の食事です。これから私はどうなっていくのだろう。漠然とした逃走計画はすぐに破綻するでしょう。レースカーテンから漏れる光が、やたらと眩しく感じました。